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★孤児院訪問記

私たち日本人にとって、近年タイは観光で遊びに行くには、
大変身近な所になりました。
でも、タイの現状というものを、私も含めて、ほとんどの方がご存知
ないと思います。
バンコクの華やかさに比べ、タイの農村地帯の人々は本当に貧しい
暮らしをされているようです。
日本の都市と地方との差とは比べものにならない程にタイの都市と
地方とは、大きな隔たりがあるようです。
実際に農村の方では、多くの子供たちが孤児となっているそうです。


又、エイズの問題もとても深刻なようです。
厚生省の発表によれば現在タイ国内においてエイズ感染者は約100万人以上。
この中で妊婦はおよそ2.29%だということです。
特にタイの北部はエイズ患者の割合がタイの中で一番多いそうです。妊婦の6〜10%が
ウイルスに感染していて、現在、両親を失い、HIVに感染した子供達は爆発的に増えつつ
あるそうです。
1995年にはエイズに感染した新生児は6000人。2000年には2万人に達する見込みだ
そうです。     

本当ならば、これらの子供達は親戚や近所の人たちによって引き取られ面倒を見られるべき
ですが、実際は子供達は見捨てられるというのが現状だそうです。

去年、私は初めてタイの北部に行きました。その時に、ちょうど、孤児院を訪問する機会が
ありました。その時の様子を、少し紹介したいと思います。孤児院の名前は公表しない方が
良いとの事ですので、一応、チェンマイ近郊の孤児院とだけお伝えしたいと思います。
 

●チェンマイ近郊の孤児院訪問記

そこは、チェンマイから車で2時間ぐらいの所にありました。2時間といっても、日本の感覚とは
ちょっと違い、信号のない一直線の道路を100キロぐらいのスピードで、ずーっと行った所に
ありました。道は舗装されてはいますが、デコボコしていて着いた時にはぐったりとなって
しまいました。

私とあと1人の日本人と2人のタイ人と一緒に行ったのですが、最初に私たちが着いて車から
降りた途端に子供達が、ワーッっと集まって来て、私達の持ってきた差し入れなどを一緒に
運んでくれました。
みんな、お行儀よく、手を前に合わせて「サワディーカー。(こんにちは)」とあいさつをしてくれ
ました。みんなお揃いのユニフォームを着て、ひとなつっこい笑顔でした。
まず、私達は院長室に通され、院長先生から孤児院での
生活や子供達の様子を伺う事ができました。              
それから、ちょうどお昼どきだったので、「一緒に御飯を食べて
行ってください。」と言われたので、お言葉に甘えて一緒に
お昼を食べる事になりました。

食堂に行ってみると、学校の給食のようにみんな自分のお盆と
お皿を持って、料理をついでもらって
いました。私達は席に着き、子供たちが運んで来てくれた御飯を
頂きました。
そこはキリスト教の精神を教えている孤児院だそうで、食べる前
にみんなで手を合わせて、お祈りして食べていました。
私は、食べながら孤児達の様子を見ていましたが、大きい子が
小さい子の面倒をみてあげたりと本当にほのぼのした気持ちに
させられました。でも考えてみると、この子たちは1年中、この
食堂で御飯を食べ、まだ親の愛情が必要な年なのに自分の事は
なんでも自分でし、他の子供たちの面倒をかいがいしくしているの
を見ると、なんだか可哀想な気持ちになってきました。
食事の後、お礼に私達は子供たちに、日本の折り紙を教える
事にしました。この時のために私は日本からいっぱい折り紙を
買って持って行っていました。
教室のような所に、みんな集まって席に着き、私が前で折り
ながら、日本語で説明をし、それをタイ語に訳してもらう事
になりました。

最初に私が、子供たちに「何を折りたい?」と尋ね、私が折り紙
で折れるものを言うと、子供たちは「風船がいい。」といっせい
に言いました。しかし、院長先生1人だけは、しきりと「鶴。」と
言われていたのですが、子供達の方が譲らず結局、
風船を折ることになりました。
教えてみて、びっくりしたのはやはり日本と同じ東洋人みんな
手先が器用で、ちょっと教えただけで、みんな上手に作ってし
まいます。
みんな作ってしまった後は、セパタクローのように足で蹴って、
遊んでいました。
(ここが日本人は違う所、普通、風船と言えば、日本人は手で
投げますよね〜。さすが、タイ。)
あと、少し時間があったので日本の歌をみんなで歌って、お別れしました。本当に、
みんなかわいくて、機会があったら、また訪問したいと思います。
あまり長い時間、滞在する事ができず、ほんの少ししか報告できませんでしたが、
少しでもタイの孤児院での様子を皆さんにお伝えできたのではないかと思います。